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  無からの創造?
創造とは、無から何かを生み出すことなのだろうか。

例えば、シンガーソングライターは歌詞、曲、演奏、全てがオリジナルだけど、では、そのオリジナル性という点について、全く何の影響も受けず、100%ピュアであると言えるだろうか。全く何もない状態から何かを生み出したのだろうか。
おそらく、人にはそんなことをできる能力はない。雪の結晶に核があるように、そこはなにか創造の種があったはずだ。

クラシックの演奏家は、殆どの場合他人の曲を演奏する。しかし、クラシックの演奏家もアーティストと呼ばれるし、その音楽も芸術だと誰もが認める。自分の経験から、他人の曲を演奏するのであっても、そこには確実に創造作業がある。作曲者と、演奏家との共同作業による芸術なんだ。

クラシック音楽は他の芸術に比べ、作曲家と演奏家という分業という形態が、やや特殊かも知れない。
独りのアーティストの力のみで完成させる絵画等の場合は、その絵の題材は自由に選ぶことができる。クラシックの演奏家は、他人の創造物を使って演奏するが、それは特殊な題材という見方もできよう。

作曲はどうだろう。音楽というものはそれ自身抽象的であり、つかみ所がないために、絵のように何かを書き写すようなことは難しい。自分が何か曲を作ってみようと思ったとき、ギターを触りながら心地よい響きを偶然発見し、それを種に少しずつ膨らませてみる、そんな方法で行ったことを覚えている。
作曲をするアーティストに尋ねると、曲想が浮かぶとき、「天から降りてくる」と比喩する人が、何人かいた。これは、何か神秘的で、無からの創造のようにも思える。しかし、本当にそうだろうか。完全に無から作れば、毎回全く違ったものが生まれるはずではないのか。同じ人が作った曲は、共通点があり、場合によっては、1つの作品を2つに分けただけではないかと思えるほど似たような曲ばかり作る人さえいる。

きっと、そんな「降りてくる」という作曲家も、何か種を持っているに違いないと、思う。それはきっと、抽象的な種で、言葉にしにくい、いや、できないだけなのだろう。

そう、どんな創造にも種があるのだ。種を選び、育てることが創造作業の本質なのだ。
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by CaffeineSphere | 2004-12-29 14:40 | 表現ライフ




生きること全てが表現である、と言う視点で話題を持つ
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