ニューヨークフィルというと、僕は世界でもトップレベルで先進的なオーケストラのイメージを持っている。
その音色はヨーロッパの伝統的なそれとは異なり、明るくクリアでありながら、富んだ色彩は更に彩度が高い。
一方で、濃厚な中間色や、いぶし銀のような音色まで明るくなる傾向があり、聴く人の好みや演奏曲目との相性を分ける要因になる。
更に、まれにではあるけれども、管のセクションがジャズ文化を背景とした成り立ちであることを連想させる瞬間を感じることもある。
こんなオーケストラと最も相性がいいと感じるのは近代、現代の作曲家によるものだ。
僕は特に、リヒャルト・シュトラウスの曲が最も相性がいいと感じる。
ストラビンスキーもかなりいける。
今日聴いた曲の中でも、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・ファン」は最もこのオーケストラが活かされてると感じた。
でも、意外によかったのがアンコールで演奏されたビゼーの「アダージェット(アルルの女より)」だ。弦楽だけの演奏で、透明ではあるが、弱音の弦は色彩を失い、ある種の退廃的な雰囲気さえ醸し出す。深みはあまり無いが、未来的な嗜好を満足させるような感じだ。
ロリン・マゼールはあのウィーンフィルの最後の常任指揮者だった(今はウィーンフィルとしては常任指揮者を置いていない)。ウィーンで行われる恒例のニューイヤーコンサートにも度々登場したが、そのエンタテイメント性には定評がある。指揮をしながら、自らヴァイオリンを演奏したりもする。
また、オペラ指揮者としても名高く、歌曲を指揮するのも得意だ。
マーラーの4番をウィーンフィルと録音しているが、キャスリン・バトルが非常にゆっくり&たっぷりと歌っているところがあって、こんな歌い方を指揮できるのは彼しかいないかも知れないと感じさせられるほどだ。ちなみに、僕はマーラーの4番ではこのCDが一番好きだ。
そんなマゼールとニューヨークフィルとの相性はとてもいいと予想していたが、その通りだったと思う。
僕がニューヨークフィルと最高の相性だと感じた指揮者は既に亡くなったジュゼッペ・シノーポリだ。ただ、オケのメンバーには評判が悪かったという噂を聞いたことがある。
今日のコンサートに接し、なるほど思い当たる節がある。
シノーポリは実直すぎるほどに一生懸命で手抜きをしない人だったように思う。
しかし、ニューヨークフィルは1842年にできた大変伝統的で、若者中心というわけではないけれども、いかにもアメリカ的でフランクな側面がある。
例えば、演奏開始直前、あるいは休憩時間までステージ上で音出しをする人がかなりいる。こんな
お行儀の悪いオーケストラは正直初めてだ。
この様子から推察されるのは、必要以上の労力を注がない、一種のプロ意識を持ったメンバーで構成されているだろうと言うことだ。職人的で、ある種のこだわりがないのだ。
だから、以前ズビン・メータと来日したときは武道館でコンサートをやったくらいだ。通常、音響的にあり得ない。そのときのブラームスの演奏をFMの中継(だったと思う)で聴いていたが、あまりにひどい演奏だったことを覚えている。
つまり、環境によって良くも悪くもなるオーケストラなのだ。一流の技術を持ちながら、最低の演奏もしてしまうことがある。
今日も曲目によっては?なところもあった。リハーサル不足なのかもしれない。最初の曲(ブラームスの『ハイドンの主題による変奏曲』)では金管セクションのミスがあった。
2曲目はエルガーのチェロ協奏曲ホ短調op.85で、ソロはアリッサ・ワイラースタイン。
なかなかの才女で、後半のテクニカルで長いフレーズはやや単調さを感じたものの、しっかりと隅々まで曲を解釈し、曖昧な表現は無くとても楽しめた。今日のコンサートではこの曲が最もよかったかもしれない。
(チェロだけのアンコールで、バッハの無伴奏組曲の一部を演奏し、これがすばらしかった。チェロのソロをライブで聴いたのも実は初めてだったが、なかなかいいものだと感じた。)
休憩を挟んで3曲目の「ドン・ファン」はやはり水を得た魚。でも、僕はマゼールにはやや手に余る曲であるという印象を持った。リヒャルト・シュトラウスのややエキセントリックな天才性という側面まで表現し切れていなかったからだ。
最後はチャイコフスキーの「フランチェスカ・ダ・リミニ」。よく知らない曲で、僕の中で流れてしまった。チャイコフスキーはつまらない曲の方が多い。
アンコールは2曲。ビゼーとドボルザーク。内容は省略。
実は、東京オペラシティーコンサートホールでオーケストラを聴いたのは初めてだった。
音はなかなか良かったと思うけれど、視覚的には最悪だ。かなり中途半端。たぶん、どこの席からもステージが遠く感じるだろう。そして、雰囲気もあまり良くない。一階席にいると、体育館にいるような錯覚に陥る。
その点、サントリーホールはすばらしい。どの席でもステージが近く感じるのだ。音ももちろん良い。そして、雰囲気も最高で、音楽を聴く気分もまた違ってくる。